二人の道





 無機質の壁に、床、そこにある簡素な椅子に座るのはラクス・クライン。そしてその横に寄り添うように立つ、キラ・ヤマト。
 その二人を囲うようにイザークはじめ、黒いコートを着用した男たちが腰を低くしてラクスに視線を送っていた。

「今、なんとおっしゃいましたか……?」
 そう尋ね返すラクスは内心、やはり、と思った。
 キリリ、としたラクスの鋭い眼光にイザークや他の人々はたじろいだ。
 キラはラクスの横で無表情で話を聴いていた。

「もう一度、申し上げます」
 黒いスーツを着た男が、やうやうしく頭を垂れてゆっくりと口を開く。

「プラントへ、戻ってきてください」
 スーツの男がそういうと、イザークがそれに続けるように口を開いた。
「そして、議会へ…、議会の代表として、貴方を望みます」
 それはとても真剣な口調で、心からの言葉だとラクスにもキラにもわかった。

「わかりました。と、言いましても、お返事は少し待ってください」

 イザーク達は最初の言葉に一瞬喜びの表情を浮かべたが、歌姫に続けられた言葉を最後まで聞くと、明らかに意気消沈した。

「貴方にこうやって頼らずやれるのなら、良かったのですが……良いお返事をお待ちしています」
 イザークはまっすぐラクスの瞳を見つめたままそう告げた。
 ラクスは、その言葉と視線を真剣に受け取った。

「では、近いうちにまた伺います」

 そういってイザーク達は立ち去った。
 その後ろ姿をラクスとキラはずっと見つめていた。


「……来るべきときが、きてしまったようですね」
 ラクスは悲しそうな表情を浮かべて、小さくため息をついた。
「そうだね……」
 予測は出来ていた。
 プラントの人々が取る道、取れる道などは本当に数少なく、プラントをまとめるほどの力を持つ者も今は居ない。
「君ほどプラントの人々に支持されている存在は、もういないからね」
 キラの言葉にラクスは無言で返す。
 その後、二人は何も話せず固まってしまった。
 
 どれほどの時間が流れたのか、重い空気を破るようにラクスが重い口を開いた。
「わたくしは……わたくしは…・・・」
 最後まで言葉が続かない。
 キラは全てを悟り、ただ優しく微笑みを浮かべてラクスの言葉をまった。

「わたくしは……プラントに、行こうと思います」
 すぅっと深呼吸をして、ラクスは最後まで言葉をつむいだ。
 その声は心なしか震えているようだった。
 そのまま俯いたままで、キラのほうを一切見ようとしない。
 その肩は声同様、小さく揺れていた。
 キラはそれに気付いて、胸を痛めた。


 静かに、平穏に、二人で……二人の願いは同じだった。


 しかし、ラクスの決断は平穏というものは程遠い場所へ行くということ。
 顔を上げようとしないラクスに、キラは小さく微笑みを浮かべ、その肩に手を置いた。

「ラクス」

 優しい声で、呼びかける。
 しかし、ラクスは顔を上げない。

「ラクス」

 それでもキラは諦めずに、もう一度その名前を呼んだ。
 ラクスが顔を上げずとも、覗き込んだり、無理やり顔を上げるようなことはしないで、キラはラクスが顔をあげるのを待った。

「キラは、カガリと当分一緒にいらっしゃるのでしょう―?」

 うつむいたままのラクスは、声を震わせてキラにたずねた。
 キラは答えずに、黙り込んでしまった。

「ごめんなさい、困らせたいわけじゃ……」

「ラクスと一緒にいたいと思う。でも、カガリはもうちょっとだけ心配だから、アスランもいなくて……」

 アスラン、という名前を聞いてラクスははっとした。
 彼はあの戦いの後、カガリのそばには戻っていないようだった。
 カガリの胸中を思うと、一緒に来て、とはラクスにはいえなかった。

「まぁ、僕がいなくてもカガリは大丈夫だと思うんだけど…」

 小さく笑みを浮かべたキラは、でも、と言葉を続けた。

「僕にはラクスがいないと、あんまり大丈夫じゃないんだ」

 唐突の言葉に、ラクスは思わず顔を上げる。
 それを待っていたかのように、キラは甘い微笑を浮かべていた。

「やっと、見てくれた」
「キラ……」

 不安げなラクスの表情は相変わらずだったが、キラは気にとめなかった。

「そばにいたいけど、もう少しだけカガリのそばにいる。でもね、僕が会いたくなったら、君が寂しいと思ったら、僕はすぐに君の元へ飛んでいくよ」

 キラは両手で、ラクスの白く手を包み込んだ。
 ラクスはその手を少し涙のにじんだ瞳で見つめた。
 キラの体温、ぬくもりを感じ、改めてキラという存在の大きさ、大切さを知った。


「だから、ラクスはラクスの思ったように、すると良いとおもう」

 キラは真摯な瞳をラクスに向けて、言葉を紡ぐ。
 手だけじゃなく、ラクスという存在全てを包み込むようにキラは笑みを浮かべる。

「カガリだって、もう大人だし、すぐに君だけのそばにいられるようになるよ」

 ね?とラクスに確認するようにたずねた。
 ラクスはそれに答えるように、ゆっくりと首を縦に振った。

「心はいつでも、ラクスのそばにいるから」

 キラはラクスの手を引いて、その体を引き寄せ、強く抱きしめた。




end

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