鍵盤に花束を 君には温もりを
 ぽろん、ぽろん……。
 アスランは、白と黒の鍵盤を一つ一つ何かを確かめるように押した。
 友人の面影を追いかけるように、探るように押した。
 それは何かの曲でもなく、ただの音の羅列。
 ただ、悲しみのプレリュード。

「アスラン」
 自分の世界へと入っていたアスランを現実へと引き戻したのは、聞きなれた少女の声だった。
「カガリ」
 顔をあげると、声の主であるカガリが入り口に立っていた。
「どうしてそんな所で止まっているんだ?」
 アスランは、カガリが部屋に入るのか入らないのか躊躇っているのが見えた。
「……いや、だってさ……。な、なんとなくだ」
 カガリはしどろもどろ言って、アスランの側へとやってきた。
「ピアノ、弾けるのか?」
「……いや、弾けない」
 少し間を置いて、アスランは答える。
 その間にバツの悪さを覚えたカガリは、アスランの横からゆっくりと鍵盤に手を伸ばして触れた。
 ぽろん。
 なれた手つきで、鍵盤の上を滑るカガリの指先にアスランは一瞬見惚れてしまった。
「カガリは弾けるのか……?」
「……お父様に無理やり習わされたから、ある程度は」
 カガリは苦笑いを浮かべて、鍵盤を触れた手を戻しアスランを見た。
「そっか」
 アスランは妙に納得した。
「似合わないとか思っただろう?」
 カガリはその納得が気に食わなかったらしく、少し口を尖らせて言った。
「いや」
 それはアスランの素直な言葉。躊躇いもなく発せられた言葉にカガリは本音だと知る。
「でも、弾けないのに何でピアノの前に座っているんだ?」
「そうだな……なんとなく」
 深く考えるようにして、アスランは言った。
「悲しい思い出があるんだな」
 カガリはアスランの横顔を見て、直感でわかった。
 それが、どんなことなのかはわからなかったけれど、痛みを伴う何かだと言う事に。
「まぁ、別に無理には聞かないけど」
(ラクスの、事かなぁ)
 ピアノ、というとなんとなく歌姫であるラクスがカガリには浮かんだ。
 それと同時にカガリの瞳は曇った。アスランはそれを見逃さなかった。
「ラクスのことじゃないよ」
 アスランはカガリの考えそうなことをずばりと、指摘した。
「え、あ、そうなんだ」
 まさか見透かされるとは思わなかったカガリはどもってしまった。
 そんなカガリをみて、アスランは苦笑いを浮かべた。
 しかし、どこかそんなカガリを見て癒されている自分にも気がついた。
「隣良いか?」
 カガリはそう言いながら、既に座ろうとしていた。
「ああ、構わないよ」
 アスランは少し横にずれて、カガリが座りやすいようにスペースを開けてあげた。
 アスランの横に来たカガリは、アスランの肩にもたれかかるように首を置いて、何気なく鍵盤へと手を伸ばして何かを弾きだした。
 アスランにはその曲が何と言う曲かはわからなかったが、何故かニコルを思い出さずには居られなかった。
「……友達……」
 アスランは小さく呟いた。
 カガリは、聞き取れずに手を止めた。そして、聞き返すように「え?」とアスランを見た。
「あ、続けて良いよ……」
「え、あ、うん」
 カガリは腑に落ちないものの、アスランに促されるようにメロディーの続きを弾き始めた。
「……友達も、ピアノをやっていたんだ」
「そうか……」
 返事をしつつも、カガリは演奏を続けた。

 カガリの演奏が佳境に入ってくると、アスランは思いつめたような表情をして鍵盤を見つめた。
「戦争で、失ってしまった……守れなかった……大切な友人……」
 アスランはカガリに聞き取れるか、聞き取れないかそれほど小さな、そして震えた声でそう言った。
 カガリは何も答えず、アスランを見る。
 その表情にカガリは驚きを隠せなかった。

 アスランは泣いてはいなかった。
 しかし、その表情は今にも泣いてしまいそうでそれを必死に我慢している、そんな感じにカガリには見えた。
 そんなアスランが、カガリは悲しくなった。
 ぽとり、と鍵盤に涙が零れ落ちた。
 アスランの瞳からではなく、アスランを見ていたカガリの瞳から――。
「カガリ!?」
 アスランは突然濡れた鍵盤に、隣にいた人を思わず見た。
 カガリの瞳にはたくさんの涙が浮かんで、ぽろぽろとその柔らかそうな頬を伝っていた。
「どうして?」
「そんなの、こっちが聞きたい……。どうして、そんな風に我慢するんだ……」
(泣いたほうが、楽になれるのに……。私は、頼りないか……?)
 言葉は続かなかった。
 カガリは色んな事が悲しくて、悲しすぎて俯いて涙を流し続けた。
「……カガリ……」
 アスランは、眼の前の少女をそっと抱きしめる。
 泣かせてしまった事の後悔と、自分のために泣いてくれる感謝と、優しさを込めて。
「アスラン!」
 カガリは声を裏返らせながらも、突然の出来事に思わず拒絶した。
 しかし、力は込められていないその手をカガリは振り解くことはできなかった。
 すっぽりとアスランに抱きしめられたカガリは、一気に心音を早めた。
 アスランはそんなカガリの変化をすぐに知り、もう少し強い力でカガリを抱きしめた。
「……ありがとう」
 カガリの耳に触れるほど近くに唇を近づけて囁いた。
 アスランの吐息が耳にかかると、カガリは耳まで真っ赤に染めて黙ってしまった。
 そんなになっても、カガリの涙は止まっていなかった。
 泣きやまぬカガリに、アスランはふと思った。
「どうすれば、泣けると思う……?」
 思いは悲痛な叫びとして、アスランの口から漏れた。
 はっとその顔を見上げるカガリ。
 涙越しに見える、その顔は見たこともないほど悲しみに彩られていた。
「……俺は、泣けないんだ……」
 アスランはカガリを見ずに、ぼんやりと鍵盤を見つめた。
 カガリはアスランを見つめながらも、先ほど以上の涙を溢れさせた。
 アスランが泣ける場所になれない自分を悔いて、そして、アスランの悲しいのが悲しくて……泣き続けた。

Next>>>

Back

中書き
上手くまとまりませんでした(^^;
頑張って続きを書きます!
お待ちください(汗)