君の隣に
”キラ、大丈夫ですか?”
ぼろぼろになったフリーダム、それが心配でラクスはすぐにキラの元へと駆けつけ、キラに声をかけようとした。
しかし、言葉は紡がれることは無かった。
キラがあまりにも苦しそうに「ごめん」と、ラクス越しの誰かに呟いて意識を失ってしまったのだ。
「キラ?!」
ラクスはその名を呼びながら、キラの側へと駆け寄り、そしてその手を握り締めた。
その間、アスランは少し動揺しながらも救護室へと連絡し、キラを運んだ。
救護室で特に身体に問題がないと知れると、アスランとラクスはキラを個室へと移した。
「この写真は何ですか?」
ラクスは先ほどまで無かったはずの写真を見つけて、アスランに尋ねた。
「これは、あいつがもっていたんです……」
アスランは写真の赤ん坊の説明はせずに簡潔に説明した。
「そうですか……」
ラクスは突っ込んで訊こうとせずに、黙ってキラを見つめた。
(あの写真は、カガリが持っていたはず……)
キラがカガリに帰しているのを、アスランは見ていたのだから間違いが無い。
ということは、この短い時間の間にキラの身に何かが起こったのだとアスランは確信した。
キラがぼーっとしがちだったのにもそれで説明がつく。
時折苦しそうなうめき声が、キラの口から発せられた。その度にラクスは悲しそうに瞳を曇らせていた。
そんな表情のラクスを見るたびにアスランはラクスの想いを見せ付けられる。少しだけ時間が経ったからこそ、冷静に見ていられるのだろうとそんなことをアスランは思った。
「キラ……」
ドアがいきなり開いたと思うと、カガリが現れた。
「カガリ……」
アスランはその人物を確認すると、彼女の視線に目を奪われた。
カガリの視線は、キラではなく飾ってあった写真立てに注がれていた。
それは、自分が父親からもらったものと同じ、双子とその母親だろうと思われる人物が写っている写真だった。
「これは……」
カガリは確認するように自分の写真を取り出して見比べる。
どうしてこの写真がもう一枚あるのだろうかと、どうしてここにそれがあるのだろうとカガリの頭の中にはそのことばかりが巡った。
写真を持つ手は、震えていた。
「ううっ……」
苦しそうな寝言にラクスは驚いて、キラを見た。
(まだ、悲しい夢を見ているのですね……)
そう思って、ラクスはとても悲しくなった。
「ん……」
キラの瞼がゆっくりと持ち上げられ、焦点が定まらず視線が揺れて、一瞬ラクスを捉えた。
ラクスはキラの瞳が見つけたのは自分ではなく、他の誰かだと言うことを本能で悟った。
「……キラ」
キラの中で、フレイの影がよみがえる。
優しい口づけをくれたフレイ。その光景を見たくなくて、キラは目を瞑った。
「キラ?」
ラクスの言葉がキラの心を現実へと引き戻した。
ラクス、アスラン、そしてカガリ。
みんなの顔が見えて、初めてここが戦場でなく、そしてあの悪夢の中でもないことを知った。
ラクス越しに見えたカガリは何か言いたそうに自分を見つめていると、キラは気がついた。
ラウ・ル・クルーゼの言葉がキラのあまたの中に反芻する。
『響博士が作った人工子宮より生まれた、最高のコーティネイター』
(母体からではなく冷たい機械より生まれた、完全に自然の摂理を無視した生き物。それが僕なんだ……)
それはどんな真実よりも冷たくキラの心を突き刺した。
そんな心理状態の時、彼女が現れたのだ。
自分が深く傷つけてしまった少女、フレイ……。
ただひたすらに行かなくてはと、思った。だから、どんな攻撃を受けようとも守ろうと思ったのに……守れなかった――。
新たな後悔によって、たくさんのフレイとの思い出がフラッシュバックした。
体を重ねるのも、唇を重ねるのも、簡単だった――すべり落ちるように、重力に身を任せるように、あまりにも容易いことでその後で待つ痛みにすら気づけずに、キラが傷つけてしまった少女。
(守らなきゃいけなかった……)
キラの表情が悲痛に歪んだ。
その意味をアスランもラクスも気がついてしまった。
涙を、堪えているのだと。
しかし、カガリは写真を持ってキラを遠くから見ていた。
アスランはその状況を見て、どうする事が今一番キラにとってはいいのだろうかと考えた。
そしてアスランは黙って、カガリを部屋の外へと連れ出した。
カガリはいきなりの出来事の抵抗する間もなく、外へと連れてこられてしまった。
「なにするんだよ?」
突然の出来事にカガリは怒ったように言った。
アスランは穏やかな表情を浮かべてそれを受け止めた。
「今はちょっと待ってやれよ……」
カガリが訊きたい事があることもわかったが、今のキラにはそれが残酷なことの様に思えて、アスランは苦笑いを浮かべて言った。
カガリはアスランの言葉の真意を察すると、納得したように頷いた。
「そうだな……」
ラクスはキラの表情を見つめながら、少しでも気持ちをやわらげてあげたいと思った。
どうしたら、と悩んでいるとキラが口を開いた。
「大丈夫、だからそんな顔しないで……」
キラはラクスに心配かけまいと作り笑いを浮かべた。
「キラ……」
ラクスはそっとキラの頬に手をやり、撫でた。
「僕は……」
「泣いて、良いのです」
キラが言葉を紡ぐよりも早く、ラクスは微笑んだ。キラはそんなラクスを無言で見つめた。
「人は泣けるのですから…」
キラは心を見透かされたのかと思った。
彼女がくれた言葉は”作られたもの”である自分が”人間”であると―自分はここに居てもいいのだと、キラの全てを肯定したようなものだった。
溢れる涙。その向こう側に優しく微笑んだラクスが見えた。
それはまるで合図のように、キラの涙を加速させた。嗚咽を洩らして、キラはただ全てを吐き出すように涙を流した。
ラクスは抱きしめるわけではなく、自分の方へと引き寄せてキラの顔を膝へと導いた。