約束の証
「キラ……」
 ラクスはキラの後ろ姿を見て、呼び止めずには居られなかった。
 キラの側にいたくて、その姿を追いかけた。
「ラクス」
 キラは少し驚いたように表情を揺らし、ラクスを見つめた。
 言葉を発そうとしたが、今の状況を思い出す。
 まるで示し合わせたように二人は、アスランを見つめて目で合図をした。


”すぐに行くから、先に行ってて”

 アスランの耳には確実にキラの言葉が届いていた。
 そして、元婚約者の少女に向けられた視線のその意味も察した。
 アスランは穏やかに微笑んで、エレベーターのドアを閉じた。


 残されたキラとラクスは互いに視線を絡ませあって見つめあっていた。
 先に動いたのラクスだった。
 そしてラクスは、どこかに隠し持っていた指輪をキラに渡した。
「これを……」
「……? ありがとう」
 渡された指輪の意味に気づいてか、それともただ嬉しかったのかわからないがキラは微笑んで応えた。


「……帰ってきてください、私のもとへ……」
 それは、願い。
 あの砲火がもしかしたらキラを焼き尽くすかもしれないという恐怖を少しでも和らげるための、ささやかな祈り。
 あの時”行ってらっしゃいと”送り出したのは自分。
 少し矛盾するその思いの狭間にラクスは揺れていた。それと同時に、彼を行かせたくないという気持ちの大きさに自分でも驚いた。

 もう一度送り出す言葉を紡ぐ勇気はさすがのラクスにもなかった。
「うん」
 キラはもう一度穏やかな笑みを浮かべてラクスを見つめていた。
「もう、行かなくちゃ」
 聞きたくなかった言葉にラクスは悲痛な面持ちを浮かべた。
 キラは、その表情から逃げるように顔を背けた。
 そうして、キラの後ろ姿がもう一度ラクスの前に現れた。

「キラ……!」

 行かせたくないという気持ちが、キラの名前を呼ばせた。
 キラはその呼びかけに間をあけて、振り返る。その表情はラクスに対しての優しさに満ちていた。
「キラ……必ず……帰ってきてください」
 ラクスはそれ以上の言葉を紡げずに、今にも泣いてしまいそうな自分をどうにか保っているのが精一杯だった。

 キラの中に一瞬だけフレイが浮かぶ。
 そうやって自分はあの時振り返ってやらなかったという後悔が胸に疼いた。

 だからか、それともただラクスが愛しいからかわからないけれどキラはラクスの頬へと優しく唇を寄せた。
 あの日キラを送り出してくれたラクスに応えるように。
「ラクスも気をつけてね」
 自分のことばかり心配してくるラクスに、キラは心からそう言った。
 そして唇は離されて、キラの後ろ姿は少しずつ離れて行く。

「キラ……!」

 もう一度だけ振り向いて欲しくて、ラクスはキラの名前を呼ぶ。
 しかし、キラは振り返らない。
 その姿が見えなくなり、少し経ってもラクスはキラが居なくなった方を見つめていた。
 一人残されたラクスの頬には証しのように渡されたキラの温もりだけが残っていた。その温もりを確かめるようにラクスは頬に触れる。
 その反対側の頬に一粒、涙が伝う――。
 ぎゅっと手を祈るように合わせて、キラが飛び立つ宇宙を見た。



 キラがドックの側へとやってくると、先に行ったはずのアスランとカガリが目に入った。
 遠目からでも、二人の間に流れる空気が変わっている事にキラは気がついた。

「二人とも、まだ居たの?」

 突然現れたキラに、二人は驚いてキラを見つめる。
 そして、何も悟られないようにその視線を泳がせた。
 キラは二人の行動に少し笑った。
「カガリも気をつけてね」
 何かを悟ったように、キラは微笑んで、フリーダムのあるその場所へと一人向かおうと二人に背を向けた。
 その微笑みにアスランもカガリも何かが引っ掛かった。
「キラ!」
 カガリは思わずその名を呼ぶ。
「どうしたの?」
 キラは首をかしげながら、振り返る。
 振り返ったキラはいつも通りのキラだった。
 そのキラを見て、先ほどのなんともいえないような儚げな笑顔は気のせいだと二人は思った。
「……お前も、気をつけろよ!!!」
 カガリはほっとため息をついてキラに向かって叫んだ。
「ありがとう」
 カガリにそう返答したキラは、既に後ろ姿に戻っていた。
「……キラ!」
 キラは振り返らずにその姿を消してしまっていた。
「……アスラン……」
「大丈夫だ、姉であるカガリが護ってやるんだろう?」
 からかうようにアスランは笑みを浮かべて言ったが、その瞳にはカガリへの優しさが込められていた。
「そうだよな、うん」
 カガリはそう呟きながら、キラが去っていた方をもう一度だけ見つめた。
 

End

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第一回 9月15日 書き足し9月16日

後書き
随分書き足しました。
なんか、書き足りなかったのは気がついていたのですが…(苦笑)
もっともっとラクスの心情が書きたいのです。
うう〜〜。表現力が欲しいです(涙)