約束
あなたは何も言わずに出て行ってしまった――。
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セブンスヘブンの片づけをしていたティファは、ためらいがちにクラウドに近づいた。
「あのね、クラウド」
仕事から戻ってきて、カウンターでコーヒーを飲んでいたクラウドに、ティファは声をかけた。
クラウドは口につけていたコーヒーカップをゆっくりと離し、宙を漂っていた視線はティファに向けられた。
「どうかしたか?」
ゆっくりとカップを下ろして口を開いた。
クラウドの視線はどこまでも穏やかにティファを見つめていた。
あの事件以来、クラウドは家へと戻ってきてくれた。
それはティファを心から安心させると同時に、また何も言わないで出ていってしまったら、と不安でもあった。
「あの、ね」
ティファはためらいがちに口を開く。
クラウドはせかさずに、ティファが話せるまで待っていた。
「私、何度かあなたを探しにいこうと思ったの……。でも、できなかった」
ティファはそう話すとぎゅっと手を握りしめた。
「こわかったの……あなたに、拒絶されたらと思うと……」
クラウドがティファのすべてだった。
あの約束があったから、頑張ってこられた。
あの約束がなかったら、きっと絶望に打ちひしがれて、復讐にとりつかれて、きっとこの身を滅ぼしていたに違いない。
だから、怖かった。
クラウドが元気でいてくれれば、それでよかった。
もし拒否されてしまったら、二度と立ち上がれない自信があったのだから。
「……ティファ」
クラウドはティファの話に言葉を失った。
カタカタと肩を震わして、小さくなりながら一生懸命声を絞り出すティファ。それを目の当たりにして、自分が何をしてしまったのかとまたも突きつけられた。
「すまない」
クラウドはティファの肩にそっと手を添えた。
ティファはその大きな手のぬくもりに思わず顔をあげそうになったが、それをどうにか我慢すると、ゆっくりとクラウドの手を振り払った。
クラウドは悲痛な表情を浮かべて、払われた手を見つめる。
ふぅと小さくため息をつくと、クラウドはもう一度ティファに手を伸ばす。
今度は先ほどより力強く、振り払われないように。
そして、肩ではなくて背中に手を回して抱きしめる。
ティファは抱きとめられる前に逃げようと体を動かしたが、逆にクラウドに体を抱きとめられてしまう。
「……ティファには、話してないことがあるんだ」
クラウドから逃れようとしていた、ティファはその言葉を聞いてようやくあきらめたように動くのをやめた。
「ティファ達と、離れて……あの教会ですごすようになってから、何度か不思議な夢をみたんだ」
ぽつりぽつりと、ゆっくり思い出すようにクラウドは夢の話をした。
不思議な世界のこと、エアリスのこと、セフィロスのこと…。
「ティファは、俺を探しにきてくれていた」
「夢の中で?」
ティファはクラウドの夢の中にも出演していたときいて苦笑いを浮かべる。
「夢の中の俺は、ティファの言葉をぜんぜん聞かなかった」
「それは、現実でも一緒ね」
クラウドの言葉に、間髪入れずにティファが不適な笑みを浮かべて、突っ込みをいれる。
「……そうだな」
言われたことを心の中で反芻して、クラウドは気まずそうに頭をかいた。
「心の闇を光で包めばいい、そう言ってくれたのに」
「そんなこと言ってたんだ、私」
「ああ」
「それをまったく聞く耳も持たずに、セフィロス追いかけたんだ」
「ああ。そしてこっちで、あいつら、カダージュたちが現れた……」
「何か関係あるのかな?でも、クラウド戻ってきてくれたし、きっとその夢の中の私もクラウド、見つけられたのかもなぁ」
夢の中のクラウドとティファが再会しているシーンを思い描くと自然と笑みがこぼれる。
「じゃあ、二人で一緒にエアリスと会えたのかな」
そう言葉をつむいだティファは、一番うれしそうに微笑んだ。
「そうかもな」
ティファの言葉を受けて、クラウドはそんなシーンを想像して見る。
夢の中ではティファはエアリスと面識はなさそうだったが、それでも二人ならすぐに仲良くなれるだろうな、となんとなく思った。
「ねぇ、ところで……」
ティファは遠慮がちに口を開く。
言いかけたところで、クラウドは何かを思い出したかのようにはっとわれに戻った。
「ああ、ええと。ティファは俺を探しにきてくれていた。そして、見つけてくれた」
ティファを抱く腕に力をこめる。
「俺はいつでもティファに支えられて、甘えすぎたのかもしれない」
クラウドは瞼を閉じて、かみ締めるように話した。
「そんなこと、ないよ。甘えすぎていたのは私」
「いいや、俺だよ」
「!」
私、とティファが言い返そうとした瞬間、その言葉はクラウドの唇によって遮られた。
「悲しい思い、寂しい思いをさせて、本当にごめん」
離れた唇から、クラウドはため息をつくようにティファの耳に囁く。
「クラウド……」
ティファはその紅茶色の瞳でクラウドを見つめた。
その不安そうな瞳にクラウドは胸が詰まる思いがした。
「もう、何も言わないでいなくならない」
囁きだけど、力強く、しっかりとティファの耳元で言葉を紡ぐ。
「本当に……?」
クラウドの言葉を疑うわけではないけれど、それでもティファは聞かずにはいられなかった。
「ああ、絶対に」
不安そうなティファを、安心させるような口調で、クラウドは言い切った。
そして、ティファの瞳を除きこんで微笑みかける。
それはティファ以外ではわからない、そして見ることができないクラウドのささやかな笑顔だ。
「ティファと、ずっと一緒にいる……」
ティファはクラウドの神秘的な瞳を見つめながら、クラウドの顔が近づいてくるのを見ていた。
そして、クラウドの瞳が金色の長いまつげに遮られると、ティファもゆっくりと瞼を閉じた。
二人はお互いのことを確かめ合うように、キスをした。
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クラウドなら、きっと約束守ってくれる。
だって、いつだって私がピンチの時には助けに来てくれたんだから。
一緒にいられる今を、二人で……
ううん、家族全員で大切にしていけたら、いいな。