「あの、ね」
閉店後、クラウドはいつもの席で『いつもの』を飲んでいた。
ティファが何か言いたそうに口を開いた。
「ん?」
クラウドはゆっくりと視線をティファに向ける。
クラウドのところからだとティファの表情は見えない。
長い沈黙が二人を包む。
そうして長い時間を経てようやく口を開いたのはもちろんティファだった。
「クラウドは、エアリスのこと……好きだった?」
「え?」
突然の質問にクラウドは戸惑いを隠せなかった。
そんなことを聞かれるなんて思っても居なかった。
そう、だからクラウドは言葉に詰まってしまってそれ以上何もいえなかった。
「……ごめん。どうかしてるね、忘れて」
クラウドの無言を肯定と受け止めたティファは沈黙の重さに耐えられず、そういい残して店を飛び出した。
「待っ……!」
引きとめようと手を伸ばしたがするりとかわされてしまった。
クラウドは自分に対して盛大に溜息をついた。
そして立ち上がりティファの後を追いかけ、店の外に飛び出した。
ティファが店を出ると満点の星が零れんばかりに瞬いていた。
それがあの夜を思い出させて、ティファの瞳にうっすらと涙が浮かんだ。
(あんなこと、聞くつもりはなかったはずなのに、どうして?)
ティファは自分でも驚いていた。
エアリスのことはとても大切な友達で、クラウドの態度を見ていれば明らかだった。
エアリスと一緒にいるクラウドはとても穏やかな表情をしていたのを見て、身を引こうと思っていた。
そうするつもりだった。
なのに死んでしまった……。
呆気なく、凶刃に倒れてしまった。
「家」に戻ってきたクラウドを疑うわけではない。
けれどあの日クラウドがどこかを見ていたのに気づいていた。
それがどこを…否、誰を見ていたのかは直ぐにわかった。
(エアリスだったら、こんな可愛くないこといわないのにな)
わざわざクラウドの傷を広げてしまったのではないかと思うと、ティファはへこんで座り込んでしまった。
ふわり。
優しくて、とても幸せになれる匂いがしたと思うと温もりを感じた。
クラウドがティファを後ろから抱きしめたのだ。
決してティファが逃げられないように、そして耳をふさがれないように腕をしっかりと押さえ込んだ。
「ティファ」
トクン、という彼の鼓動が聞こえたような気がした。
耳にクラウドの息が、唇が触れる。
ドキン。と心臓が強く脈打つのをティファは感じた。
それと同時に言いようのない安心感に包まれる。
(やっぱり、クラウドが好き……)
改めてそう思うのは果たして何度目だろうかと、ティファは思考をめぐらす。
「話すのは苦手だけど、聞いてくれないか?」
そんな現実逃避しているティファに、クラウドはゆっくり話し掛ける。
(ああ、そうだった。)
現在置かれている状況をティファは思い出した。
大きく深呼吸をすることは出来なかったけれど、深呼吸をして覚悟を決めたように小さく、とても小さく頷いた。
「エアリスに惹かれていたのは事実だ」
クラウドは言葉を選びながらゆっくりと告げる。
(やっぱり――)
わかっていた事実に、ティファは打ちひしがれそうになった。
それを止めたのは、クラウドだった。
「でも」
そう言って黙りこんでしまったクラウドに、ティファはとても不安を覚えた。
「でも……?」
思わず尋ねずにはいられなかった。
「それが、ティファに抱くような、優しくて強い想いと同じだったのか、は今となってはよくわからない」
「わからないって」
くすっとティファは笑う。
こんなときでもクラウドは正直だ。
正直すぎるから、愛しいのだけど。
今すぐにでも抱きしめ返したい!と思ったけれど、今のティファはクラウドに後ろから抱きすくめられて動けない状況だった。
少し残念だなぁとティファは思った。
「そう、わからないんだ」
クラウドもティファにつられるように微かに笑った。
「だから、すぐに答えられなかった。ごめん」
とてもまっすぐな答えに、ティファはくすくすと笑い出す。
「ティファ?」
クラウドは怪訝そうな声でティファの名前を呼ぶ。
きっと眉根を寄せているのだろうと想像して、ティファはますますおかしくなった。
こみ上げてくる愛しさにティファの瞳には涙が浮かぶ。
「もう、クラウドったら」
「どうした?」
「ねぇ、クラウド」
ティファはそういいながら、わけがわからず戸惑っているクラウドの手をゆっくりと解く。
そしてくるっとクラウドの方を向いた。
突然振り向いてきたティファの涙に気が付いたクラウドは驚いた。
声も出せずに困惑そうな表情を浮かべた。
「ふふっ」
涙を浮かべながらにっこり笑うティファに、クラウドもつられるように笑みがこぼれた。
それとほぼ同時にティファはクラウドを抱きしめた。
「だいすきよ」
そう告げて、ティファはクラウドの胸に顔をうずめた。
クラウドは一瞬何が起こったのかわからず目ぱちくりとさせたが、すぐに状況を理解してふっと微笑を浮かべてティファに応えた。
言葉は要らなかった、そのぬくもりにクラウドの心を感じた。