清らなる夜に
ああ、やってしまった。
と、クラウドは思った。
早く帰って来ようと思っていたのに、こんな大切な日にこんな失敗を――。と、額に手をあてため息をついた。
片手には、大きな荷物を持っていた。
これはバレットから子供たちへのクリスマスプレゼントだった。
帰宅が大幅に遅れたのは最後に寄った街の所謂『お得意様』に捕まってしまった。断ろうと思ったのだがその人物があまりにも必死だから、つい、引き受けてしまったのだった。
クラウドが家に入れず、扉の前でたちすくんでいると、内側からゆっくり扉が開いた。
子供達がこんな時間まで起きているとは思えなかったので、すぐにティファだと察しがついた。
開いた扉からティファがひょっこりと顔を覗かせた。
クラウド自身の罪悪感からか、その表情は心なしか翳っているように映った。
直視できない。
どんな顔をしていいのかわからずに、クラウドはティファとは目が合わないように視線を泳がせて口を開いた。
「すまない」
謝りながらもクラウドはティファの顔を正視出来なかった。
そんなクラウドを、ティファは何も言わずに見つめた。
まるで叱られた子供じゃないか、とティファは思った。そう思うと自然に笑みがこぼれそうになった。
クラウドが遅くなってしまうことは、彼に最後に配達を頼んだという人物から連絡があった。そしてとてつもない勢いで謝られたのであった。
そんなワケで怒りとかそういう気持ちはない。どちらかと言うと損な性格だなぁ、と言う微笑ましい気持ちの方がティファの中では強かった。
「おかえりなさい」
明るい声で迎え入れられて、クラウドはますます気まずく感じた。
「そんなところで立ってないで、入らないの?」
ティファは小首を傾げ、そう言いながらクラウドの手をゆっくり引っ張った。
しかしクラウドはびくとも動かない。
−―意地でも動かないつもりかしら?
そんな風に思ったら、おかしくてまた笑みが零れそうになった。しかしそれをぐっと堪えて言葉を続けた。
「風邪、引くよ?」
そう言いながら、先ほどより強くクラウドを引っ張ってみる。
それでも一向に動く気配はしない。
我慢大会が始まるのか? というような気配をすぐに壊したのはティファのくしゃみだった。
くしゃみにはっとしたクラウドはようやくティファの方を見た。
クラウドの瞳に映ったティファは室内着のままで、少し震えながら立っていた。
「大丈夫か?」
クラウドはティファがくしゃみをする今まで全く気づかなかった。
「うん、大丈夫」
少し震えながらもティファは笑顔で答えた。
「まだ入らない…?」
ちょっと、寒いんだけどな。と呟きながらティファはクラウドの顔を下から覗きこんだ。
その視線をまっすぐに受けたクラウドは勝てないと察し、ため息をついた。
「ただいま……」
気まずそうに、そう呟くとティファに引かれるままに家へと帰宅した。
「おかえりなさい」
ティファはクラウドのそんな様子を全く気にせずに、もう一度、クラウドの瞳をしっかり見て笑顔で言った。
「子供たちも途中まで待っていたんだけど、眠っちゃったの」
「すまない」
「良いのよ、って言ってあげたいけど……」
子供たちの残念そうな顔を思い出すと、そうも言ってられないなとティファは苦笑いを浮かべた。
「……そうだよな」
今朝の子供たちとのやり取りを思い出して、クラウドは深いため息をついた。
「あら? それは?」
ティファはクラウドがずーっと持っていた荷物に、ようやく気がついた。
「これはバレットから、子供たちにって」
指摘されてクラウドは初めて思い出した。
ティファにプレゼントの入った袋を手渡す。
「そっかそっか。うんうん。」
受け取りながら、ティファはなにやら神妙そうに頷いていた。
「どうかした?」
「マメだなぁって」
バレットは、こういう特別じゃない日でも、子供たちになにやらプレゼントをしたがる。
一緒にいられないから、というのが一番大きいのだろう。
「あとで、枕元に届けてあげましょう。 クラウドサンタさん」
そう言いながら、ポケットから赤い三角帽子を取り出してクラウドに被らせる。
「似合う似合う」
満足そうに微笑んで、クラウドを見ていた。
クラウドもその笑顔につられて表情を緩めた。
「俺からは何もないから、とりあえず明日は一日休もうと思って」
ユフィに『臨時休業』の看板をもらってから、クラウドは家族のためにたまに休みをとるようになった。
休みの日は大抵、子供たちがべったりであまり休めてはいないのだけど、やはり家族で一日過ごすと充実感は比べ物にならなかった。
「それはとっても喜ぶと思う」
にっこりと微笑んでそう言っているティファが一番嬉しそうだ、とクラウドは思い満足げに頷いた。
ティファは側にあった台に子供たちのプレゼントを載せた。
何が入っているのかしら?と覗き込むが、もちろん覗いて見えるようなものではなかった。
「あと……」
クラウドは何かを言いかけて、一瞬止まる。
それが照れているときの表情だということは、ティファにはわかっていた。
だからクラウドが話せるようになるまで焦らずに、待つ。
「うん?」
「……」
クラウドは表情を変えずに黙りこんでしまった。
しかし、表情は変わらずとも耳は真っ赤に染まっていた。
ティファはにこっとだけ微笑んで、まだクラウドの出方を待っている。
クラウドは覚悟を決めたように、大きく深呼吸をした。
「……ティファ、メリークリスマス」
その言葉と同時に、ティファの体を抱き寄せてその唇に口付けた。
次の瞬間にはティファの体を離して、照れ隠しをするようにそっぽ向いてしまった。
一瞬何が起こったのかわからなかったティファは、ぬくもりが少し残る唇に手をあててクラウドを見た。
先ほども随分赤かった耳が、それ以上に赤くなっていた。
ティファは自分の頬に手をあてた。
ほんのり暖かくなっているのを感じて、自分も今真っ赤な顔をしているんだろうと思った。
「うん、めりーくりすます……」
嬉しさと恥ずかしさでいっぱいでそれ以上の言葉は浮かばなかった。
「子供たちの部屋に、プレゼントおいてくる」
クラウドはティファの傍らにおいてあったプレゼントの入った袋を持って去っていった。
ティファは「おやすみ…」と、呟きながらぼーっとその後姿を目で追った。
次の日、子供たちは喜んで起きてきた。
そしてクラウドが休みだと聞いてもっともっと喜んだ。
クラウドとティファの様子が違うのがなんだかおかしいな、と呟いたデンゼルに、マリンが『色々あるのよ』と言ったとか言わなかったとか…?