月夜の祈り Cside






 彼女は俺が気がついていることに気がついてないのだろう。

 とクラウドは思った。



 それは数日前、人の気配に目を覚ました。
 しかし、その人物の様子が少しおかしいことに気がついたクラウドはベッドの中で寝たフリを続けた。

 最初は、トイレかそれとも喉が渇いたのか? と、思って眠った。


 それは最初だけ。

 次、そんな気配を感じたのは最初の日より数日経った日だった。
 彼女が部屋を覗き込んで、ほっとため息をつくのが聞こえる。
 そして気配を消して階段を下りていくのがわかる。
 戻ってくる気配がしないと思いながらも、クラウドはそこまで気にせずまた眠りについた。





 
 数日後。



 また、彼女は階段を下りていく。

 クラウドは不審に思いながらも、数日前のことを思い出してみる。
 彼女が階段を昇っていく気配を感じた記憶が無い。

 彼女が降りていった階段を、追いかけるようにクラウドは降りた。
 そして彼女が家の外に出ているのを初めて知った。


 ―こんな時間に?


 どこに行くのか、クラウドにはなんとなくわかった。
 けれど、それでも本当に向かっている場所はどこなのだろうかと、ついていくことにした。


 ―危ないし、な


 ティファは決して弱いわけじゃない。
 むしろそこら辺のモンスターくらいなら軽々と倒してしまうだろう。

 それでもクラウドは心配だった。

 あの日、教会で再び倒れていた彼女を見つけたとき、心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。
 それはもっと昔、あのニブルヘイムでの悪夢すら呼び起こす。

 ―あんな想いは、もう二度としたくない……


 抱き上げるティファの血の気が引いた顔色が瞼に甦る。
 それを振り払うかのように、首を振ってクラウドはティファの出て行ったほうを見た。

 ―よし、そろそろ行くか


 クラウドも、そっと家を後にした。






 月明かりに照らされて歩く彼女を見ながら、クラウドは色々なことを思う。
 背中を追いかけている様はまるであの日のニブル山だな、と思い自分があまり成長してないんだなぁと改めて思って苦笑いを浮かべた。

(俺はあんまり変わってないな)

 彼女は変わってしまった。
 強くて明るかった彼女。
 それを翳らせてしまったのは他の誰でもなく自分だと痛感した。



 そんなことを考えているうちに、とても見覚えのある崩れた建造物が目に入る。


 ミッドガル。

 ここに来て、彼女が行きそうなところは一つ。




 クラウドは教会の前へたどり着くと、一度だけを中を覗き込む。

 入っていくのは躊躇われた。


 水面に反射した月明かりが、ティファを優しく包んでいる。
 ティファは何かをするわけでもなくぼーっとしていた。
 
 その姿はここから見えるだけの横顔ですら、あまりにも神聖で美しかった。
 このままずっと見ていたいと思った。
 クラウドは話しかけるタイミングを完全に逸したのだ。


 彼女が帰る前に先に家へ戻る。
 そして何事もなかったようにベッドに入り、彼女の作ってくれた朝ごはんを食べて出て行く。
 帰ってきて、彼女について教会へ行く……。

 そんな日々が続いた、ある日。


 いつもは教会で水面をじっと見つめているはずのティファが何かを話していた。
 それは小声で、教会の入口からでは到底聞こえなかった。
 クラウドは仕方なく、気配を押し殺して建物の中に入り物陰に姿を潜めた。


「また、来ちゃった」

 静かなその空間では耳をそばだてなくとも、ティファの声が響く。

「あのね、私ね、思っていたの」

 そうティファが話しかけると、チカっと月明かりが一瞬だけ強くなったように思えた。



「もし、わたしじゃなくて、あなただったら、って」



 ふぅ、とため息をついて躊躇いながら彼女は続けた。




「あなただったらすぐに、星痕症候群に気づいてあげられたんだろうなって……」


 クラウドはその声を聞いて目を見開く。
 彼女は気づけなかったことを気にしていた。という事実を初めて知った。

 しばらく彼女は黙ったまま、俯いていた。

 クラウドはその横顔があまりにも切なくて、思わず飛び出してしまいそうになる衝動をどうにか抑えて彼女の出方を待った。



「……クラウドは帰ってきてくれた。けど、またもしかしたらいなくなってしまうかもしれない。そう思うと、不安で不安で……」

 キラキラと光る水面に、キラキラ光る雫が吸い込まれていくのが見えた。
 それとほぼ同時だっただろうか。
 クラウドは誰かに背中を押されるように飛び出した。


「ティファ…!」


 飛び出した瞬間、クラウドはその名前を呼んだ。





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