月夜の祈り





「ティファ…!」

 突然呼ばれたティファはとても驚いた様子でクラウドを見た。
 二人の視線はすぐにぶつかるが、出てしまった、という気まずさからクラウドが先に視線を外した。

「クラウ……ド……?」

 戸惑いながらクラウドの名を呟くとティファは思い出しように急いで涙を拭う。

「ど…して? いつ……から?」

 たくさんの疑問がティファの頭をよぎる。
 色んな思考がめぐり、ティファは半分混乱していた。
 クラウドは一つも答えない。
 深呼吸をして、今度は視線を外さないようにまっすぐとティファを見据えた。
 カツカツと、ブーツをならしてゆっくりとティファへと近づく。
 ティファをじっと見つめながら。
 
「ごめん……でも」

 魔晄の瞳は申し訳なさそうに揺れた。
 ティファは動くことが出来なかった。
 それは後ろが泉だから、というわけじゃなく、動けなくなるようなそんな空気をクラウドが纏っていたから。
 ティファの目の前で立ち止まったクラウドは、そっとティファに手を伸ばす。
 ゆっくり、躊躇いの色が混じりながら伸ばされた手にティファはびくっと肩をすくめた。
 と、同時にクラウドは躊躇いもなくティファを抱き寄せた。
 気が付くとティファの体はクラウドの腕の中にすっぽりと包まれていた。
 ティファはされるがままに、立ちすくんでいた。
  トクン、というクラウドの心臓の音でようやく自分がクラウドの腕の中にいることを知った。


「……俺だけじゃ、なかったんだな」


 ぽつり、と呟かれた言葉。
 クラウドの表情を見ようと顔を上げようとしたけれど、ティファからは見えなかった。
 
「……?」

 ティファにはクラウドが何のことを言っているのかわからなかった。
 そして次に発せられた言葉でようやく理解した。


「ティファにとっても、エアリスは……」

 クラウドは最後まで言い切れない。
 それでも躊躇いながら、クラウドは続けた。

「もし、なんて言葉は何の意味も持たないけれど、それでも……もし、エアリスがいても……俺は……」


 とうとうクラウドは口を閉ざしてしまった。
 重い沈黙だったが、ティファにとってはそれほどではなかった。
 クラウドの心臓の鼓動が激しく脈打つのが聞こえて、なぜかそれだけで嬉しくなってしまった。


 不謹慎、だわ……。
 ごめんなさい。


 はっと自分の心に気がついたティファは心の中で、あの優しい色の瞳を持つ友人に謝罪した。


「俺は」

 クラウドは重たい口を開いた。
 言葉じゃなくても、想いは伝えられると彼女は言った。
 けれど、言葉を伝えないといけないこともきっとある、と思った。
 
――今だ。

 と思った。
 きっとそれは今なのだと、クラウドは強く感じた。

「俺は、ティファがいなかったら……いまここには居ないんだと思う。正気を保てなくなった俺はきっとあのまま壊れきってしまって、星の声も、エアリスの声も、聞こえないままだった」
 ゆっくりはっきり、明確に、ティファに伝わるように。

 いや、すべてわかる必要はないかも知れない。
 少しでも伝わるように…。
 クラウドは思う。


「……が良い」

 それは声にならないほどささやかな声だった。
 クラウドにとって、精一杯のものだった。
 ティファは聞き取れなくて聞き返す。

「なぁに……?」

 ふぅ、と大きく深呼吸をして、クラウドは覚悟の光を瞳に宿した。

「俺はティファが良い」

 今度ははっきりと、ティファの耳に届くように言い切った。

「俺はずっとティファを見てきたんだ」


 幼い頃の記憶を取り戻して、どうしてこんなに大切なモノを忘れてしまっていたんだと思った。
 ずっと追いかけていた背中をどうして忘れることが出来たのだ? と。
 二人でライフストリームから戻って、ようやく本当に久しぶりに再会することができた。

「あの戦いが終わって、平和がやってきた」

 それはクラウドにとって初めてのことで、不安だった。
 いつかまた崩れてしまったら? もし守れなかったら?

 そんな時、自分が病んでいることを知った。
 それが不安を煽った。
 いつしか、一緒にいてはいけないと言う声が聞こえた。


 それは弱い自分が聞かせた幻聴だったと、最近ようやく気がついたのだ。


 1ヶ月前の事件で少しだけ変われた。と、クラウドは思った。
 けれど置いていくように、家を出て行った自分の罪悪感はなかなか拭えない。
 居心地の悪そうな顔で店の端っこにいたけど、ティファや家族達は笑顔で「おかえりなさい」と迎え入れてくれた。
 それだけで、何も聞かずに、言わずに。

 子供たちとは以前のように触れ合えるようになったけれど、ティファに対しては、どう接していいのかわからなかった。

「なんとなく、どうしていいのかわからなくて……」
 
 困惑が声色から読み取れる。
 きっとティファを抱きしめていなかったら、困ったようにぽりぽりと頭をかいていたかもしれない。

「……慣れてないから」

 それは率直な彼の言葉だった。
 ティファはそんな彼の言葉に、思いをめぐらした。
 彼の居場所は、いつだって辛い現実だった。
 そう思うとすぐに合点がいった。


 ああ、そうか。
 この人は正直で不器用だったんだ。


 そう思うと、自然と笑みが零れた。
 クラウドが愛しいと、ティファは心から思った。


 そんなことを思っているティファをよそに、クラウドは話を続けた。


「今だって……どうしていいのかわからない」


 ティファを抱きしめてる腕は、とても遠慮がちで、どこか居心地が悪そうにとれた。
 どうして扱っていいのか?そんな風に困っているのが聞こえるほどに。
 その事実が、その言葉より雄弁に語っていた。



「壊れないよ、わたし」


 もっと強く抱きしめて、なんて言えないけれど。


 ティファはゆっくりとクラウドの背中に手をまわす。

「だいじょうぶ、焦らなくて、良いんだよ?」

 きっと仲間の誰かがクラウドとティファの関係について言ったのかも知れにない。
 
「誰がなんと言おうと、ゆっくりで良いから。ゆっくり、ね?」



 まるで幼い子供を諭すかのような口調に、クラウドはいつかを思い出した。



 ゆっくり思い出そう。焦らずに、ね?



 と、彼女が、導いてくれたあの日を。



「いつだって、ティファは待っていてくれるんだな」

 クラウドはそう言って、ふっと笑った。
 いつだって側にいてくれるその人を強く感じて、クラウドは幸せだと感じた。

「……ありがとう」

 それは自然に零れた言葉。
 瞼を伏せて、ティファをぎゅっと抱きしめた。


「だって私、クラウドと一緒に歩いていきたいんだもの」

 ティファもクラウドに応えるように、ぎゅっと抱きしめ返した。



 暫くして二人は手を繋いで、子供たちの待つ家へと帰った。



『まて来てくれるかな』

 二人が去った教会は朝日がうっすらとさしこんでいた。
 優しそうな女の人の声にならない声が響く

『寂しいか?』

 今度は男の声が。

『寂しくないって言ったら嘘になるけど…』

『また、来るんじゃないか?』

 女の人は少し考え込んだ。
 
『うーん、今度はきっとのろけ話かも』

 それは嫌だなぁ、と言いながらもその声は嬉しそうだった。

『かもな』


 二人の人物の笑い声は日の出と共に消えていった――。

end

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